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第三章 

20話)



 険しい表情のまま、彼はズンズン歩いて駅を乗り継ぎ、迷いなくある場所に向かって行っているらしかった。
「どこに行くの?」
 聞こうにも、何も聞くな目線で睨まれて、そこからは何も言えない。
 優斗の表情は、それこそ見た事のない切羽つまった顔付きになっていて、必死だったからだ。彼の頭の中で、様々な策が練られているようだった。
 電車に乗る間も、せわしなく誰かにメールしては、着信音が何度も鳴る。
 そして、時には芽生の背後に視線を泳がせた。小さな声でブツクサ言っては、思ったような効果が得られないらしい。ため息をついて、肩を落とす。
 そしてたどり着いた場所は・・・。
 芽生にも見覚えのある場所だった。
 翔太の入学式の時に、芽生も保護者面をして、参加したから知っていたのだ。
 幸徳大付属高等学校。
 広い門構えを前にして、優斗はさすがに正面から入っては行かなかった。
 知った顔で、ズンズン壁伝いに歩いて、生垣になっている場所を見つけると、ちょうど人一人分は入れるくらいの空間に、身を躍らせて中に入って行ってしまう。
「さあ、早く。芽生も!」
 早口で諭されて、ハッとなった芽生も、優斗と同じようにして中に入って行った。
 芽生は彼より小柄なせいで、移動しやすい。
 この抜け道のようなそこは、在校生の間でも、たまには使われているような感じだった。
 一部分のみ地面が踏み固められていたから・・。
 手を引かれてグイグイ進み、校内に入ると人気のない寮らしき建物を素通りし、校舎を横切ってゆく。
 ちょうど授業中だったみたいで、校舎を横切る時に、かすかだが教室内の教師の声が聞こえたような気がした。
 聳えるようにして立つ校舎からは、独特の空気が漂っている。
 そこの生徒でない芽生は、校舎から無言の圧力のようなものを、受けるかのような気がした。
 優斗はそんなもの我関せず。と言った感じで、ドンドン進んでゆく。
 だいぶと奥まった所まで歩いて行った。
 そして、瀟洒な。という感じがピッタリの、ある小さな建物の前まで辿りつくと、足を止めた。
 扉を開けて、中に入る。
 凝った彫り物が施してある柱に、等身大の姿見が芽生達を迎えた。
 中は埃っぽい。
 靴のまま廊下を歩き、ある部屋の前まで来ると、引き戸をガラガラと開く。
 すでに一人の少年が立って待っていた。
 見るだけで分かる。幸徳大付属の制服だ。
 ただ・・・姿形が優斗とは違う意味で、唖然とさせられる見た目の少年だった。
 制服の留め金がはちきれんばかりに太った体躯は、芽生とそう変わらないくらいに背が低い。
 ボサボサに伸ばしきった髪は不潔そのもといった感じで、何よりもその顔!
 ニキビか吹き出物?みたいなものが、顔一面を覆い尽くしていて、ひどい有様だったのだ。
「すまん。青木。わざわざ呼び出したりして・・。」
 優斗が声をかける。その声色は、申し訳ないという意味が込められているかのように辛そうだ。
「・・・別にいいけど。でも、その子、昨日亡くなっているんだね。
 手の施しようのないくらいに、幽鬼化しているよ。」
 軽く囁く声は、体型に総じて高めだ。
 言いながら、体をゆすってポリポリあちこちの皮膚をかくので、アトピー肌かも知れない。
 そんな事より。
(亡くなっている?幽鬼?)
 青木と呼ばれた彼の言う意味が分からない。
 けれど、醜い青木は、まっすぐに芽生を見つめていた。
(え?私が死んでいるの?)
「・・・やっぱそうか。俺の問いかけにも返答なかったくらいだったから、そうかと思ったんだが・・なんとかならないか?」
 優斗と青木は、言葉が通じ合っているみたいだった。
「あの・・私・・死んでないよ?」
 芽生が口を挟むと、優斗は眉をひそめて、
「何を言ってるんだ。当たり前だろ。」
 と、一言でいい返してくる。
 そのコメントに、青木がクスクス笑う。
「相変わらず、言葉が少ないね。彼女困っているみたいじゃないか。名前なんていうの?紹介してよ。」
 の言葉に、ハッとなったらしい。
「わりぃー。この子は松浦芽生って言うんだ。俺の彼女。
 そして、こいつは青木雅也。幼稚園時代からの腐れ縁ってな感じのダチ。
 芽生は、こいつの見た目だけで区別しないよな。
 差別したら、その時点で、俺はお前とは付き合うのをやめるから。」
 後の一言は、芽生にだけ、小さくつぶやかれたものだったが、青木の耳にも入ったらしい。
 すごい友人愛だ。
「そんな言い方しないでやりなよ。こんな見た目で、引かない女の子なんていないって。
 …そんな事より、松浦さん。
 事情は竹林から、聞いたんだけれど、大変だったね。」
 竹林は無理難題を言うよね・・。
「うるせー。ぐちゃぐちゃ言ってないで、どうなんだよ。」
 怒鳴る優斗の雰囲気が、芽生と二人っきりでいる時とはまた違う。
 余裕なく、乱暴な物言い方をする彼に、すこし目を見開く芽生を見た青木が、またクスクス笑った。
 酷い見た目とは全く違う邪気のない笑いを耳にして、彼も悪い人じゃないと思った。
「彼女のためにも、説明してやりなよ。
 松浦さんは、霊は見えないはずだよね。
 見えたら今頃、そんな普通な顔で立ってられないもの。
 小林雅・・さん?だったよね。竹林と付き合ったせいで、おかしくなっちゃって、自殺したって子。
 その子は今、松浦さんにとり憑いているんだ。
 竹林は、そういったものが見える性質でね。
 さすがにヤバい状況になっているんで、なんとかならないかって、俺に相談してきたってわけ。」
「霊が見えるの?」
 芽生の質問に、優斗が答える。
「俺は何となく見えるだけ。でもこいつは、ちょっとした浮幽霊とか地縛霊とか、見えるだけじゃなくて、何とかできる能力をもっているんだ。」
「・・・でも、竹林。さすがに俺でも、これをどうにかするなんて無理っぽいよ。
 雅さんだよね。どうやったら女の子一人をこんなにまで、追いつめる事が出来たんだ?」
 呆れ顔の青木に、優斗が憮然として
「俺にもわかんね~よ。雅も最初は普通だったさ。でも、段々おかしいことになってしまって。最後はこれだ。」
 とつぶやくと、芽生を指差す。
「え?」
 指差されて、まるで自分に言われているようなショックを受けて、哀しくなってくる。
 雅の事は、ひとごとではないからだ。
 芽生だって、雅の様になってしまわないとも限らなかった。
「優斗くんがいけないんだよ。複数の女の子達と付き合ったりしたから・・雅もおかしくなっちゃったんじゃないの?」
「そんな事をしたのか?竹林。
 共学行くと、ヤバいとは思ったんだよ。お前の見た目はフツーじゃないからな。
 彼女を哀しませてどうするんだよ。」
 青木に詰め寄られて、目を白黒させる優斗は見物だった。
 そして、優斗は言ったのだ。
「・・・今まで周囲は汗臭い野郎ばっかりだったんだぜ。女の子が周りにいる環境で、さすがの俺も、舞い上がってしまったんだよ。
 悪かったと、思ってる。」
「なぜ、その言葉を、雅に言ってあげなかったの?」
 気付くと、芽生は叫び声を上げていた。
「妙な小細工しないで、雅に直接言ってあげれば、通じたはずなのに・・・自殺なんか、しなかったかも知れなかったのに・・。」
 最後の方は、涙声になる芽生に、彼はショックをうけたように、立ちすくむ。
「・・・じゃあ、どうすればよかったんだ。雅の気持ちには、答えてやれないのは、変わりないのに!」
 辛そうに、絞り出す声。
「何度言っても、ダメだった。別れようと言っても。お前の事好きじゃなくなったって言っても・・。
 私は大丈夫。待っているからの一点張りで・・。」
「生きている間に、幽鬼を呼び寄せていたんだね。彼女。」
 ポツリと、判決文を読みあげるようにしてつぶやく青木の一言が、すべてを表現していた。
「思考の固定に加えて、判断力の低下がおきる。
 怨念にまみれる病める精神に、とり憑く“闇”はいくらでもいるから・・。
 今度の彼女には、そんな辛い想いをさせるなよ。」
「当たり前だ。懲りたよ。女は芽生だけでいいよ。」
 首を振ってポツリと、優斗が言った。